鬼の跫音

鬼の跫音

鬼の跫音

杏子に片思いしていた「私」は、隣室に住む友人のSから杏子と付き合う事になったと聞かされる。「私」は薄い壁の向こうで行われている声を聞く。乱歩を彷彿させる三角関係を描く『鈴虫』
家族中から見下されている「僕」は、部屋にあった刑務所作業製品の椅子の脚に彫られた伝言と名前から、家族を惨殺し無期懲役の刑を受けてから独房で縊死したSを知り、事件現場を訪ねる。周到に張られた伏線がラストに炸裂する『ケモノ』
高校の夏、悪友Sの提案で祭の夜に女を凌辱する事になった「私」。よい狐の演目を見ている少女に出会ったとき、越えられない一線に気付く。幻想と現実のはざまで起きる逢魔が時『よいぎつね』
突然現れた吃りがちな青年は作家の「僕」の部屋から招き猫の貯金箱を盗んだから謝らせてほしいと言ってきた。招き猫から現れたメモに書かれた字から「僕」は友人のSを思い出す。二転三転する結末『箱詰めの文字』
愛する人Sの故郷の左義長に似た祭どんどやで達磨を燃やした「私」。火をくべていたお爺さんに願いは叶ったのかと聞かれ、はいと頷く。1月1日から始まった日記を8日から遡り、驚きの願いを突き付けられる『冬の鬼』
些細な事からSに目をつけられ嫌がらせを受ける「僕」。近所に住む年上の女の人に相談すると、彼女はこれからする事を内緒にする約束をするなら助けてくれるという。幻想が現実に落ちた時により恐怖が訪れる『悪意の顔』


黒道尾全開の短編集。
人の暗い部分を想像させるようなミスリードを使ってラストに救いある終わり方で閉める長編を書いて来た作家が、真正面に暗黒面を書くとこうなるのかと。
ベストを決めるのに悩むけど、個人的に好きなのは『冬の鬼』。谷崎潤一郎の名作を思い出させるのに、実に後味の悪い短編。