猫を抱いて象と泳ぐ

猫を抱いて象と泳ぐ

猫を抱いて象と泳ぐ

これは一つの棋譜の物語。そしてチェスという大きな海の話。
唇がくっついまま生まれた少年は、切り離し手術の際に剥がれた部分を脛の皮膚で代用したため、産毛の生えた唇を持つ事になる。幼い頃から寡黙だった少年は唇のせいか友人もいなく、祖父の作ってくれた小さなボックスベッドでデパートの屋上の見世物小屋から降りる事なく死んだ象のインディラや隣の家の壁と壁の隙間に挟まり出られなくなった少女ミイラといった少年の想像するものばかりと語り合う。
ある日学校のプールで死んでいるバスの運転手の死体を発見した少年は、運転手の宿舎の隣にある廃バスを改造した家で巨体の管理人、マスターと出会い、チェスを習う。マスターの飼い猫ポーンを抱き、テーブルチェス盤の下に潜り込み、天井のチェス盤を見ると少年は海流の流れに身を任せ光の筋をたどるようにチェスをさす。まるでインディラやミイラと一緒に泳いでいるように感じるのだ。

このあるべき所にあるべきモノがきっちり納まっているような前半を盤上に駒が揃ったとするならば、パシフィックチェス倶楽部への試験は始めの一手e4にほかならないだろう。海底チェス倶楽部での少女とチェス人形との出会いが差し手になり、リトル・アリョーヒンとしてチェスをさす頃からピースが盤面を動き始める。
令嬢との勝負、チェスをつまらないと吐き捨てるほどチェスに強い酔漢、そして人間チェス。
翻弄される中盤戦からエチュードを舞台にした終盤戦を越え、リトルアリョーヒンの棋譜が最後に向かって書き進められる。チェックメイトかドローなのか、それは読んで確かめて欲しい。
博士の愛した数式と沈黙博物館が見事に融和したような一冊。これはオススメ。